Skip to main content
つらい気持ちのなかにいる、あるいは自分を傷つけたいと感じていますか? あなたは一人ではありません。 相談窓口を探す →

人間関係 · 境界線

「もらうばかりの友だち」とのつき合い方

いつも話を聞くのはあなた。いつも顔を出すのはあなた。いつも穴を埋めるのもあなた。相手はめったに、あなたの調子を尋ねない。本当は何が起きているのかを読み解き、友情を壊さずに「こちらにも返してほしい」と伝え、そして距離を置くべきときを見きわめる方法を。

建物の前で岩に腰かける女性

Photo by John Lord Vicente on Unsplash

ちょっとしたヒント

  • 支えてほしいと、一度だけ、はっきり頼んでみる。
  • 言うことより、することを見る。
  • さよならを言わずに、役割だけ小さくする。

ある特定の友情からやってくる、特別な種類の疲れがあります。一時間の電話を切ってから、会話のすべてが相手のものだったと気づく。相手の危機、相手の仕事、相手の元恋人、相手の予定。あなたは、自分がしてほしいような、ちゃんとした関心を向けたのに、そのどこにも、あなた自身のこの一週間が出てこなかった。前回も、出てこなかった。

もしかすると、あなたは相手の電話を留守番電話に回し始めているかもしれません。こんなふうに考えただけで、少し罪悪感がちらつくかもしれません。だって相手は悪い人ではないし、あなたは本当にその人を大切に思っているのだから。どちらも本当でありえます。誰かを愛していて、なお、その人のそばで力尽きていることはあるのです。

この記事は、まさにその場所のためのものです。人を切り捨てるためではなく、笑顔で永遠に我慢するためでもなく。もっと難しくて、もっと役に立つ「あいだ」のために。なぜ友情が一方通行に傾くのかを理解し、爆発させずに「もっと返してほしい」と伝え、そして、留まって修復するか、静かに引くかを教えてくれるサインを読み解くために。

「もらうばかり」がたいてい意味すること

誰かにレッテルを貼る前に、少し立ち止まる価値があります。もらうばかりの友だちというのは、同じコートをまとった、まったく別のいくつかの状況でありえます。

ときには、それは「時期」です。離婚、新しい赤ちゃん、病気の親、解雇。そういうことを通り抜けている人は、本当にしばらく自分の人生のなかに消えてしまい、人に与える余裕がなくなることがあります。それは性格の欠点ではありません。つらい一年なのです。しばらく不均衡で、それからまた元に戻る友情は、一方通行の友情ではありません。悪い時期につかまった、ふつうの友情です。

ときには、それはどちらも名づけなかった「癖」です。早いうちにあなたが聞き役になり、相手が話し手になって、その型がただ固まっただけ。帳尻がこんなふうになっているなんて、相手はまったく気づいていないかもしれません。友だちが「見てもらえていない」と感じていると知って、心から驚く人は多いのです。なぜなら、内側からは、ただ支えられていると感じていただけだから。

そして、ときには、たしかにそれは、あなたの人生に何が起きていようと動かない、ずっと続く型です。あなたが入院していても、会話は五分以内に相手のことへ戻っていく。これが、本気で受け止める価値のあるパターンです。

これらを仕分ける意味は、単純です。直し方が、それぞれで違うからです。そして、自分がどれの中にいるのかを知るまで、正しい直し方は選べないのです。

なぜ、この不均衡があなたをすり減らすのか

これは、あなたが甘えん坊だからでも、貸し借りを数えているからでもありません。一方に傾いた友情があなたを消耗させるのには、本当の理由があり、それは人と人のあいだで支えがどう働くかという研究にも表れています。

友情は、健康のためにできる最良のことのひとつです。良い友人は、あなたのストレスを下げ、気分を引き上げ、より長く健康な人生と結びついています。メイヨー・クリニックは、大切なのはスマホに入っている名前の数ではなく、その友情の「質」だと指摘します。本当に味方になってくれる数人は、そうでない広い人脈に勝ります。

あなたの状況にとって大事なのは、ここからです。その恩恵は、与えることと受け取ることが両方向に流れていることに左右されるようなのです。何千人もの大人を二十年以上追ったある大規模な研究は、支えを与えることと受け取ることがおおむね釣り合っている人は、ほとんど与えるばかり、あるいはほとんど受け取るばかりの人より、その後の死亡リスクが低いことを見いだしました。絶え間ない一方通行の「与えること」は、健康的な選択ではなかったのです。釣り合いこそが、そうでした。

だから、あなたが感じる重さは、性格の欠陥ではありません。あなたの身体と心は、ひとつの真実を記録しています。支えが一方向にしか流れない関係は、あなたから何かを奪う、ということを。それを名づけることで、「こちらにも返してほしい」と願うことから、罪悪感が抜けていきます。

何か言う前に、自分に二つ問いかける

恨みは、この一歩を飛ばして、いきなり対決へ向かいたがります。少しだけ、ゆっくりしてみてください。

一つめ。私は、本当に何かを頼んだことがあるだろうか? 私たちの多くは、与えて与えて、気づいてもらえるのを静かに待ち、相手がこちらの心を読めないと、がっかりします。「しんどい一週間で、ちょっと話を聞いてもらえる?」と一度も言ったことがないなら、相手はまだ、あなたが課したテストに落ちてはいません。ただ、そのテストを一度も渡されていないだけです。声に出して、はっきり頼んで、何が起きるかを見る。それが、解決のすべてのこともあるのです。

二つめ。私は、ここで本当は何を望んでいるのか? この人ともっと釣り合いがほしいのか? 自分の人生での、相手の居場所を小さくしたいのか? それとも、終わりにしたいのか? はっきり分かっていなくて大丈夫です。でも、「話したあとに、消耗しすぎないようになりたい」を目指せば、どこかへたどり着けます。「私が何を味わってきたか、ようやく分かってもらいたい」を目指すと、たいてい、ただケンカに火がつくだけです。

「返してほしい」と頼む伝え方

目指すのは、はっきりしていて、同時にやさしいこと。どちらか片方だけより、ずっと難しいことです。クリーブランド・クリニックの健全な境界線についての助言は、ここで良い羅針盤になります。ほのめかすのではなく具体的に、そして相手を裁く理屈を組み立てるのではなく、自分の経験から話すこと。「私(I)」を主語にした言い方が、多くの仕事をしてくれます。相手を裁判にかけることなく、自分にとってどう響いたかを伝えられるからです。

実際の友情のなかで、それはこんなふうに聞こえます。

  • 支えが必要なときは、まっすぐ頼む。「今週は本当にひどくて、どうしても話したいの。今夜、二十分だけもらえる?」ほのめかしているのではありません。あなたは、相手に「そばにいる」というはっきりした機会を手渡しているのです。
  • 型を、やさしく名づける。告発抜きで。「あなたが悪い」ではなく、「気づいたんだけど、私たちが話すとき、私が聞き役をすることが多くて。最近、もっと双方向のものがほしくなってきたの」。前者は変化を招き、後者は防御を招きます。
  • 何が悪いかだけでなく、何が必要かを言う。「私があなたを気にかけるみたいに、ときどき私のことも気にかけてくれたら、すごく嬉しい」は、相手が実際に通り抜けられる扉になります。
  • 少しぎこちなくていい。本当のことを言ったあとの短い沈黙は、大惨事ではありません。それは、誰かがそれを受け止めている音です。

そして、相手が言うことだけでなく、することを見てください。手放したくない友だちなら、びっくりして、少し気まずそうにして、それから努力しようとするかもしれません。その「やってみること」が、サインです。完璧ではないでしょうし、その必要もありません。あなたが探しているのは、欠点のない謝罪ではなく、「動き」なのです。

型が動かないとき

ときには、はっきり、やさしく、何度も頼んでも、何も変わらないことがあります。会話はまた相手のほうへ滑っていく。あなたのつらい一週間は、さっと「それは大変だね」で片づけられ、相手はまた自分のことへ戻る。しばらくすると、あなたには答えが出ています。そして、それは正直な答えです。

そうなったとき、あなたには「耐える」か「終わらせる」より、もっと多くの選択肢があります。

劇的なさよならなしに、役割を小さくできます。返信に時間をかける。一日ではなく一時間だけ渡す。いつも自分から連絡する人であることをやめて、そうしないとき何が残るかを見る。多くの一方通行の友情は、誰も最後の一幕を必要とせず、こんなふうに静かにサイズを変えていきます。

相手を残しつつ、その人を「そうでない誰か」として扱うのをやめることもできます。パーティーでは楽しいけれど、あなたが傷ついているときには役に立たない友だちなら、パーティーを楽しんで、本当の悩みはよそへ持っていっていいのです。すべてを抱えられるようにできている人ばかりではありません。痛みはしばしば、浅瀬しか差し出さない人に深い支えを期待することから来ます。

そして、ときには、あなたにとってやさしいことは、それを自然に薄れさせることです。それで、あなたが冷たくなるわけでも、相手が悪者になるわけでもありません。人は、それぞれ違う方向へ育っていきます。本物で、良かった友情が、それでも終わることはあるのです。

罪悪感について、ひとこと

もしあなたが「与える側」なら、おそらく一生をかけて、そのことを褒められてきたはずです。頼りになる。無私。そばにいるのが本当に上手。引くことは、自分のいちばん良い部分を裏切るように感じられるかもしれません。

そうではありません。自分のエネルギーを守ることこそ、ちゃんと返してくれる人たちに、与え続けられる自分でいさせてくれるものです。境界線は、誰かに手渡す罰ではありません。本当にあなたのためになる友情のなかに留まれるだけの「自分」を、保つための線です。

もし、あなたの人間関係での消耗が、友だち一人より深いところに根を張っているなら。どこでも与えすぎてしまい、ノーと言えないなら。孤独と恨みが、ほとんど毎日、胸の上に居座り始めているなら。それは、セラピストと話してみる価値があります。そういう型は、たった一つの友情よりもっと前にさかのぼることが多く、良い専門家は、その根を見るのを助けてくれます。そういう助けに手を伸ばすことは、友情に失敗した証ではありません。それは、友情が上手になっていく道のりであり、そこには、自分も大切にされることを許す、という部分も含まれているのです。

出典

読み終える前に、ケアについて一言

KEEP CALM は、無料の教育的なセルフヘルプツールを提供しています。これは医療上の助言、診断、治療ではなく、専門的なケアの代わりになるものではありません。ここで読んだことが、日々のストレス以上のものとして心に響いたなら、専門家に相談することは強く、そして賢明な一歩です。

If you are in crisis or thinking about harming yourself, you are not alone. In the US, call or text 988 (Suicide & Crisis Lifeline, 24/7), text HOME to 741741 (Crisis Text Line), or call 911 in an emergency.