ちょっとしたヒント
- 心地よさより、もう一拍だけ長くとどまってみる。
- 小さなことを、誰かに手伝ってもらう。
- ときどき距離を置いてしまうと、相手に前もって伝えておく。
デートはうまくいった。うまくいきすぎたくらいに。翌朝、あたたかくて気負いのないメッセージが届く。けれど、うれしいはずなのに、感じたのは小さくはっきりとした不安だった。入っていいのかどうか自分でもわからない部屋へと、ドアが開いてしまったような感覚。気づけばあなたは急に忙しくなる。返信に時間がかかるようになる。そして、ほっとするほど明確に、相手の気になるところが三つ目に入ってくる。週末になるころには、そもそも本当にそんなに良かったのかな、と思いはじめている。
そんな展開を、形を変えて何度も経験してきたなら、ただまだ「運命の人」に出会っていないだけだ、と思うかもしれません。たしかにそういうこともあります。けれど、相手が誰であっても、親しくなったとたんに退きたくなる衝動が現れるのなら、そのくり返しは相手のせいというより、あなたがずっと昔に身につけた、親しさとの付き合い方に関係しているのかもしれません。
それには名前があります。心理学では、これを「回避型の愛着スタイル」と呼びます。そしてこれは、性格の欠点ではありません。
その「配線」はどこから来るのか
愛着とは、小さな子どものころに、自分を世話してくれる人たちから必要なものを得るために育てていく仕組みです。それはふだん目に見えないところで、すべての土台になって働いています。世話してくれる人が安定してあたたかく、応えてくれる人だったとき、子どもは「親しさは安全だ」「助けを求めればうまくいく」と学んでいきやすくなります。これが安定型の愛着で、大人になってからの親密さも、そこまで危ういものに感じさせずにすみます。
回避型の愛着は、たいてい違う土壌で育ちます。クリーブランド・クリニックは、これを、世話してくれる人が子どもの身体的な必要は満たしたものの、気持ちのほうはほとんどそのままにされたとき、つまり家庭が感情の居場所をつくれなかったときに形づくられるもの、と説明しています。そういう状況の子どもは板ばさみです。つながりを求める気持ちは消えません。けれど、それに手を伸ばしても報われなくなる。そこで子どもは、静かに見事なことをします。その「必要」のほうを、しぼって弱めてしまうのです。自分で自分をなだめることを覚え、多くを期待しなくなり、自分の力だけを頼ることだけが安全な賭けだと考えるようになります。
それは当時としては、かしこい適応でした。子どもを乗りきらせてくれた。やっかいなのは、その配線がそのまま残り、しかも危険がもう過ぎ去ったことを知らないことです。何十年もたって、大人のパートナーが「大切」と思えるほど近づいてくると、昔の仕組みはそれを脅威とみなし、いつもと同じことをします。「必要」のスイッチを切ってしまうのです。
ちなみに、これは珍しいことではありません。クリーブランド・クリニックの推計では、大人のおよそ四人に一人が回避型に傾いています。もしこれがあなたなら、あなたにはとても大勢の仲間がいるということです。
実際の暮らしの中での姿
回避型の愛着は、たいてい「私は親密さがこわい」という感覚としては現れません。内側からは、ただの良識のように、あるいは相手が求めすぎているだけのように感じられることがほとんどです。
よく見られる形をいくつか挙げてみます。
- 自立をとても大切にするあまり、誰かを必要とすることが、できれば持ちたくない弱さのように、かすかにみじめに感じられる。
- うまくいっているのに、関係が真剣になりかけると、スイッチが切り替わり、出口を探しはじめる。
- パートナーが気持ちや関係や将来について話したがると、口数が減ったり、よそよそしくなったりする。
- 「愛している」と言うこと、関係に名前をつけること、先々の予定を立てることが、ちゃんと大切に思っていても、なぜか妙に難しく感じられる。
- 相手が気持ちの面で手を伸ばしてくると、その距離を縮めるよりも、すきまをつくるほうへ反射的に動いてしまう。
ここで、よく見落とされる点があります。回避型だからといって、愛を求めていないわけではありません。クリーブランド・クリニックの臨床心理士ケンドラ・マシスは、それをはっきりこう言います。このスタイルの人も、まちがいなく愛を感じられるし、親しさを望んでいる、と。彼らが内側に抱えているのは、感情を見せるのは弱さだ、あるいは他人は本当には頼れない、という静かな思い込みです。だから、つながりを望みながら、同時にそれに身構えてしまう。両方が、いっぺんに本当なのです。そこに、この苦しさのすべてがあります。
出口へのスロープは、最悪のタイミングで現れる
この残酷なタイミングそのものに、名前をつけておく価値があります。逃げたくなる衝動は、関係がうまくいっていないときには、めったに現れません。それはうまくいっているとき、本当に親しくなった、まさにその地点で現れます。なぜなら、親しさこそ、あの古い警報が知らせるためにつくられた相手だからです。
だから、あらゆる妥当なものさしで見れば良いものを見つけたはずの、まさにそのときに、「ここから出なきゃ」という波が押し寄せてくる。人はその波を、よく「情報」として受け取ってしまいます。この人は自分には合わない、という証拠として。けれど、それを本当の正体のとおりに名づけ直せば、すべてが変わりえます。それはパートナーへの判決ではありません。古い反射が、予定どおりに発火しているだけなのです。
本当に助けになること
本当にうれしい知らせは——そしてこれは何十年もの研究に裏づけられていますが——愛着のパターンは一生変わらないものではない、ということです。心理学者のマリオ・ミクリンサーとフィリップ・シェイヴァーは、この分野で最も多く引用される研究者のうちの二人ですが、安心感は大人になってからでも育てられることを示してきました。誰かとの、安定した信頼できる経験が、あなたが持ち歩いている心の見取り図を、少しずつ書きかえていくのです。新しい経験を十分にくり返せば、それがあなたの「初期設定」を変えていきます。あなたは古いパターンを学んだ。なら、別のパターンを学ぶこともできます。
その変化は、力ずくでは起きません。ひと晩でも起きません。それを動かしていきやすいものを、いくつか挙げます。
- 衝動に従うのではなく、衝動をつかまえる。 次に、あの見慣れた「退きたい」という引っぱりを感じたら、心の中でこう名づけてみてください。「これは私の回避であって、この人についての事実じゃない」。何か勇ましいことをする必要はありません。ただ、動き出す前にそれに気づくこと。そうすれば、反射があなたの意思ぬきで運転しつづけることがなくなります。
- 心地よさより、もう一拍だけ長くとどまる。 ここでの成長は、小さな分量の中に宿ります。返信を明日ではなく今日する。のみこみかけた、やさしいひと言を口にする。難しい会話を、あと五分だけ続けてみる。あなたは少しずつ、自分の神経系に「親しさは私を傷つけなかった」と教えているのです。
- 安全なパートナーに、本当のことを話す。 「親しくなると、ときどき距離を置いてしまうことがある。でもそれは、あなたのせいじゃない」——この一文は、けんかが始まる前にまるごと武装解除してしまえる力を持っています。それは、パートナーにあなたを「直して」と求めることなく、少しの忍耐をお願いする言葉でもあります。
- その下にある「物語」に気づく。 「人を必要とするのは弱さだ」「自分ひとりでやるほうがいい」といった思い込みは、内側からは、ただの事実のように感じられます。でもそれは、そう結論づけるだけの理由があった子どもが下した、古い結論です。今のあなたには、それを問い直す資格があります。
- 小さなことを、自分に「必要」とさせてあげる。 やろうと思えば自分でできることを、あえて助けてもらう。親切を受け取る。誰かにそばで支えてもらって、それが何ともなかった——そのたびに、「人を頼るのは危険だ」という思い込みが少しずつ削れていきます。
ひとつだけ正直に言っておくと、これをわざとやろうとすると、最初はつらく感じられます。こわばった筋肉を伸ばすのがつらいのと同じです。その不快さは、やり方がまちがっている証拠ではありません。古い防御がゆるんでいくときの、その感覚なのです。
もっと支えが必要なとき
自分で気づくことは、かなり遠くまで連れていってくれますし、人によってはそれで十分です。けれど、読書や良い心がけだけでは届かないほど、パターンがきつく巻きついている人もいます。とくに、それが幼いころのネグレクトや、安全でないと感じた何かにさかのぼるときです。そのことに恥じる必要はありません。愛着を専門に扱うセラピストは、本には与えられないものを与えてくれます。新しいパターンを練習するための、安定して頼れる関係です。そこでは賭けはより低く、向かい側にいる相手は、とどまる訓練を受けた人です。
望んでいないのに良い関係を終わらせてしまうとき、人がそばにいてもさみしさが居すわるとき、あるいは、あなたが保ちつづけている距離が、本当はほしい親しさを奪いはじめているとき——そういうときは、そうした助けに手を伸ばす価値があります。つながりを望みながら、それにひるみつづける生き方は、消耗します。あなたはひとりで片づけなくてもいい。そして回避型の愛着の皮肉は、誰かに助けてもらうことこそが、いちばん難しい部分であると同時に、まさにその核心でもある、ということなのです。
逃げたくなる衝動は、これからもときどき現れるでしょう。それでいいのです。それを感じながら、それでもとどまることが、あなたには許されています。
出典
- Cleveland Clinic, What Is an Avoidant Attachment Style?
- Cleveland Clinic, Attachment Styles: Causes, What They Mean
- Mario Mikulincer & Phillip R. Shaver, Enhancing the "Broaden and Build" Cycle of Attachment Security in Adulthood (PubMed Central)