ちょっとしたヒント
- 何か言う前に、息を吐こう。
- いつまでに調べると約束しよう。
- その質問を、部屋に手渡そう。
誰かが、あなたに直球の質問をする。部屋が静かになる。そして正直なところ、あなたにはまるで見当がつかない。
たぶん、暗記しているはずだった数字。たぶん、まだ誰にも予測できないことにかかっている決断。たぶん、仕事におびえている誰かからの、難しい質問で、その人はその恐れを消してくれと、あなたを見つめている。胃がすとんと落ちる。小さな声が、何か、権威らしく聞こえる何かを言え、とささやく。
その瞬間、つまり質問とあなたの答えのあいだのへだたりこそが、多くのリーダーが静かにほどけてしまう場所だ。知らないからではない。誰も、何もかもを知ってはいない。彼らがほどけてしまうのは、知っているべきだと信じているからだ。
そのパニックは、本当はどこから来るのか
その恐れは、本当は、欠けている事実についてではない。欠けている事実が、自分について何を語ると想像するか、についてだ。
わたしたちのほとんどは、有能さとは答えを持っていることで、知らないとは、自分がさらけ出され、遅れをとり、もうすぐばれる、ということだ、という物語を、早いうちに吸い込んだ。だから、質問が着地して、答えがそこにないとき、身体は、どんな脅威に対してもするように反応する。心拍が速まる。思考が狭まる。穴に誰かが気づく前に沈黙を埋めたい、という切迫した引っぱりを感じる。
ここにわながある。その同じ、覆い隠したい衝動こそが、最悪の結果を生む。数字をはったりで言って、それが間違っている。決断力があるように聞こえようと、約束しすぎる。居心地の悪さから逃れようと、とっさの判断を下し、そして次のひと月を、その後始末に費やす。パニックは、ただ気分が悪いだけではない。あなたがそれをいちばん必要とする、まさにその瞬間に、あなたの判断力を乗っ取る。
その反応が自動的なものだと知っておくと、助けになる。レースするような心拍は、あなたの能力への判決ではない。古い警報が、会議をトラと読み間違えているのだ。
声に出して言うことの、いいぶん
逆さまに聞こえるけれど、知らないと認めることは、しばしば、信用を使い果たす代わりに、それを守る一手だ。
知的謙虚さ、つまり自分が知っていることの限界を認める、ただそれだけの能力を研究する人たちは、同じことを見いだしつづけている。「間違っているかもしれない」「それは持っていない」と言える人は、より少なくではなく、より多く信頼される傾向がある。彼らは、より温かく、より開かれているように映る。意見の食いちがいの中で、自分の見解をゆるく持とうとする彼らの意志は、実際に衝突をやわらげ、相手をより聞く気にさせる。はったりをかます人は、時間とともに、どうも当てにできない人に映る。自分の知識の端について正直な人は、ここぞというとき本当のことを言ってくれる人に映る。
これは、物事が本当に不確かなとき、いっそう大事になる。チームを機能させるものを研究してキャリアを費やしてきたハーバードの教授エイミー・エドモンドソンは、状況が難しく予測しにくいほど、チームは、声を上げ、まだ形になっていないアイデアを投げかけ、分からないことに名前をつける人を、より必要とすると論じている。そのどれも、責任者が、全部分かっているふりをしたら、起きない。自分自身の知識の限界を認めるリーダーは、ほかのみんなにも同じことをする許可を与える。本当の答えがたいてい見つかるのは、こうしてなのだ。一人の不安な頭の中に閉じ込められてではなく、グループによって、声に出して。
その瞬間に何をするか
質問が着地して、答えがそこにないとき、台本はいらない。必要なのは、数秒と、途方に暮れたように聞こえずに正直でいる、ひとつのやり方だ。もちこたえるパターン。
- ひと呼吸、自分のために買う。一語を言う前に、ゆっくり吐く。本物のひと呼吸が、思考をオンラインに保てるくらいに、身体を落ち着ける。即答を本当に必要とするものは、たとえそう感じても、ほとんど何もない。
- 本当のことを、シンプルに言う。「それは、今手元にありません」「確信がないので、当て推量はしたくありません」「いい質問なので、考える必要があります」。率直で落ち着いたほうが、賢くて震えているより、いつだって勝つ。
- 真剣に受け止めていることを示す。「分かりません」について人が恐れるのは、それが、あなたが気にかけていない、あるいはフォローしないという意味だ、ということだ。だから、へだたりを閉じよう。「調べて、木曜までにお返事します」。これで、あなたの「分からない」は計画つきになり、それ自体がひとつの安心になる。
- できるときは、部屋に手渡す。「すっきりした答えはありません。みなさんには、何が見えていますか?」。あなたはかわしているのではない。問題について考える人たちの輪を広げているのだ。よいリーダーは、わざとそれをする。
- そして、実際にやり遂げる。これが、ひとつの正直な瞬間を、長続きする信頼に変える部分だ。「調べます」と言ってそうする人は、その言葉に意味のある人になる。
そのリストから何が欠けているか、気づいてほしい。にせの自信はない。引き延ばしの長演説もない。コントロールできない結果の約束もない。
強さの、ちがう絵
人が何年も忠誠を保つリーダーは、いつも答えを用意していた人であることは、めったにない。彼らは、知っていることについて正直で、知らないことについて落ち着いていて、へだたりを閉じることについて頼りになった人たちだ。その組み合わせが強さに映るのは、それが実際に強さだからだ。人の前で「確信がありません」と言うには、はったりで切り抜けるより、多くの度胸がいる。
もっと静かな利益もあって、それはあなたのためのものだ。何もかも知っているふりの上に築いたキャリアは、疲れる。そのふりは、いつ崩れるか分からないからだ。正直さと機転の上に築いたキャリアは、持続する。あなたは、感じてもいない確実さを演じるのをやめて、調べて見つけるという、もっとおもしろい仕事を始められる。
このいくらかは、練習で楽になる。賭け金の高い部屋で、初めて落ち着いて「分かりません」と言うとき、それは何かをあなたに支払わせる。十回目には、部屋が崩れなかったことに気づく。人は身を乗り出した。仕事はよくなった。そして、あなたがあんなに恐れていたこと、つまり答えを全部持っていない人だと見られることは、たいていの人がひそかに敬意を払うものだった、と分かる。
その「分からなさ」が、会議より大きいとき
事実を持っていないことと、溺れているように感じることのあいだには、ちがいがある。答えを全部持たねばというプレッシャーが、家までついてきて、夜あなたを眠らせず、まともに考えられないほど張りつめさせるなら、それはそれだけで、真剣に受け止める価値がある。もうすぐばれる詐欺師だ、という忍び寄る感覚のどれもが、同じだ。それはよくあって、つらくて、人が声に出して認めるよりずっと広く行きわたっている。
そのどれも、あなたに何か問題があるという意味ではない。それは、あなたが、一人で抱えるべき以上のものを抱えている、ということだ。セラピスト、信頼できるメンター、あるいはコーチでさえ、自分の価値は、知らないところを決して見つけられないことにかかっている、という信念を、降ろす手助けをしてくれる。その信念は重く、本当ではなく、そしてあなたは、それを自分ひとりで引きずりつづけなくていい。
次に、部屋が静かになって、答えがそこにないとき、あなたには立つ場所がある。呼吸して、本当のことを言って、調べますと言える。それはリーダーシップの失敗ではない。つらい日々には、それこそが、リーダーシップのほとんどなのだ。
出典
- Harvard Business Review, 6 Strategies for Leading Through Uncertainty (Rebecca Zucker and Darin Rowell)
- UNSW BusinessThink, Amy Edmondson on psychological safety in an uncertain world
- Greater Good Magazine, UC Berkeley, Five Reasons Why Intellectual Humility Is Good for You
- Current Issues in Personality Psychology (PMC), Intellectual humility: an old problem in a new psychological perspective