彼女は、尊敬している人の退職パーティーで乾杯の挨拶を頼まれ、それを真剣に受け止めました。四回書き直して、そのどれもがその人のことでした。2009年に彼がやってのけた、ほかの誰もやらなかったこと。声を荒らげずに場をまとめるやり方。若いアナリストのためにかけた、本人がついに知ることのなかった一本の電話。
帰り道の車の中で、彼女は気づきます。同じ段落を、自分について書くことはできない、と。謙遜ではありません。彼女は自分の仕事にとても長けていて、そのことも分かっています。ただ、誰かが自分について使う十五語が、まったく思い浮かばなかったのです。
有能な人にとって、これはごくふつうの立ち位置です。そして三十分あれば直せます。いずれ人があなたについて使う一文は、ありふれた一週間ずつ、もう書かれはじめています。そのまま勝手に積み上がるのに任せることもできるし、下書きを自分で書いて、それを本当のことにしにいくこともできます。
その一文とは何か。なぜ十五語なのか
あなたがその場にいないとき、あなたをよく知る人が、あなたを言い表すのに使う一行。それがこの一文です。そして十五語という制約は、本気で選ばせるためにあります。それより長いと、実際には持っていない三つ目の優先事項を、そのまま残せてしまう。個人のミッション・ステートメントが、誰にも覚えられない、書いた本人ですら覚えていない段落に変わっていくのは、まさにこの道筋です。
短い形には、長い形にはできないことがあります。声に出して言えなければならない、ということです。ひと息で言い切れないなら、それが人の口で繰り返されることはありません。そして繰り返されない一文は、人があなたについて使う一文ではありません。ただの文書です。
的の大きさを見ておくと役に立ちます。「ほかの誰も採ろうとしなかった人たちを採用して、その半分がいまは組織を動かしている」は十九語で、少し削る必要があります。「彼はいつも、早い段階で数字を教えてくれた」は八語で、もう少し積めます。この幅のどこかに、あなたのことだと分かるくらい具体的で、食卓で口に出せるくらい短い版があります。狙うのはそこだけです。始める前に感じるよりも、的はずっと小さいのです。
自分の大切にしている価値について書くことが、ただの飾りではないという裏づけもあります。CohenとShermanは、Annual Review of Psychology誌で自己肯定(セルフ・アファメーション)の研究をまとめ、価値観について短く書くことが、教育や健康や人間関係の結果を、ときには数カ月後や数年後にまで良い方向へ動かしうると報告しています。大きな理由は、目の前にあるプレッシャーの読み取り方そのものが変わることにあります。十五語は、その作業に役目をひとつ持たせたものです。
会社の標語みたいにならずに、自分の一文を書くには
人と、その振る舞いについて書くこと。分類について書かないこと。役職名、業界名、人事評価に出てきそうな形容詞を指す語を、ひとつ残らず削る。そのあとに残ったものが、たいてい本当の一文にいちばん近いものです。
三回の書き直しで、たいていの人はそこにたどり着きます。
一回目、下手でいいから書く。 とにかく何か書き出します。「変革を推進するビジョナリーなリーダー」でも立派な下手の下書きです。自分が選んできたものではなく、吸い込んできたものが見えるからです。
二回目、そこに人を入れる。 ほかの誰も出てこない一文は、たいてい履歴書の一行です。「彼は三人のキャリアを可能にして、一度も手柄を取らなかった」は、一文になっています。「彼女は、まだ手が打てるうちに本当のことを伝えてくれた」も一文です。どちらも、受け取った側なら思い当たる振る舞いを名指ししています。
三回目、十五語まで削る。 一語消すたびに、生き残った語の値打ちが上がります。まず形容詞、次に「〜のような」といったぼかし、最後に肩書き。
最後にひとつだけ確かめます。同僚が今日、真顔でこれをあなたについて言えるか。それとも、来年より先にいるあなたにしか言えないか。どちらの答えも役に立ちます。前者なら、あなたは自分の説明を手に入れたということ。後者なら、目標を手に入れたということで、そちらのほうがむしろ上等です。
それが本当かどうか、どう確かめるか
来年ではなく、先月を点検します。過去四週間のカレンダーと送信済みメッセージを開き、あなたの一文だけを手にした見知らぬ人でも予想できたはずの時間に、印をつけていく。それから、その印が働いた時間の何パーセントにあたるかを数えます。
来年は、人が隠れる場所です。誰の来年の計画も、自分の一文とぴったり一致します。来年には、まだ渋滞がないからです。先月は、証拠です。そこには、惰性で引き受けた会議も、誰にも頼まれていないのにうまくやったことも、どこにも記録せずに誰かにあげた二時間も入っています。
ついでに、もう一列つくってみてください。自分は誰の役に立ったか。プロジェクト名ではなく、人の名前を書きます。多くの人は、この列が思っていたよりずっと埋まっていて、しかもまったく記録されていないことに気づきます。それは知っておく価値があります。十年もちこたえる十五語は、たいてい成果物ではなく、この列のほうから生まれるからです。
これを十点満点で採点するのはやめましょう。この数え上げは測定であって、そこから必要なのは、来月と比べられる数字がひとつあることだけです。働く時間の二十パーセントが自分の一文のほうを向いていれば、本物の仕事と埋まったカレンダーを持つ人としては、十分に使える出発点です。ゼロパーセントは、人格の問題ではありません。予定の組み方の結果です。そして予定の組み方なら、あなたはもう直し方を知っています。
先月が、その一文と合っていなかったら
いちばん役に立つものが見つかった、ということです。そして手当ては、新しい人生ではなく、今週カレンダーをひとつ変えることです。数時間ぶんのずれなら、予定の問題。すべてがずれているなら、一文のほうの問題です。それは、自分が守り抜ける一文ではなく、憧れている一文を書いてしまった、ということを意味します。
SheldonとElliotの自己一致(セルフ・コンコーダンス)の研究は、これが見た目以上に大事な理由を教えてくれます。その人が本当に価値を置いているものと重なった目標は、より多くの力を注がれ、達成されやすい。しかも達成したとき、借りものの目標を達成するよりも、その人に多くのものを残します。だからこの点検は、自制心の訓練ではありません。あなたのかなりの量のエネルギーが、意識して選ぶならこれを選ぶ、というものに注がれているかどうかの確認なのです。
ずれが小さければ、今週、繰り返しの予定をひとつ動かして、あとはそのままにしておく。ずれが全部なら、カレンダーではなく一文のほうを書き直す。自分が生きられない一文は、遅れている気分をきれいに言い換えただけのものだからです。
十五語は詩ではなく、判断の物差し
効いてくるのは、次に誰かから何かを頼まれたときです。五カ年計画は午後四時のあなたを助けてくれませんが、十五語の一文なら助けてくれます。頼まれごとを、二秒ほどで照らし合わせられるからです。これを引き受けたら、その一文はより本当になるか、それとも本当でなくなるか。どんなフレームワークより速いし、この四半期にあなたが下すすべての決断に、そのまま持ち歩けます。
しかも、仕事が変わっても生き残ります。肩書きを軸にした計画には、決してできないことです。組織再編も、業界も、雇い主も動きますが、人にどう接するか、何を譲らないかについての一文は、そのままの形であなたと一緒に動きます。十五語から仕事を外しておく、現実的な理由がここにあります。肩書きは借りもの。振る舞いはあなたのものです。そして二十年後のパーティーで誰かが実際に口にするのは、その振る舞いのほうなのです。
十五語は、メモアプリの中で見失うにはあまりに簡単です。だからどこか、物として残る場所に置いてください。そして、そのまま進みつづけてください。この一文は、速度を落とせとか、望むものを減らせという頼みではありません。大事なものに、もっと強く「はい」と言えるようにするための、ふるいです。この先二十年、あれは結局どこかを向いていたのだろうか、という毎年の危機なしに。
出典
- Annual Review of Psychology, The psychology of change: self-affirmation and social psychological intervention
- Journal of Personality and Social Psychology, Goal striving, need satisfaction, and longitudinal well-being: the self-concordance model